ルルーシュは皇帝に呼び出され謁見の間を訪れていた。
自分の目の前に座るのは父親である第99代神聖ブリタニア皇帝シャルル・ブリタニアだ。中世ヨーロッパを思わせる髪型からは想像できない威圧感。
やはり大国の長としての貫禄が父にはあった。
ルルーシュは父を憎んでいた。
7年前、ヴィ家が住むアリエス宮を襲撃したテロリストから母を守り切ることができずその上、下身不随、視力を失ったナナリーを見舞う事は愚か自分達兄妹を見限った親を恨まない子など居るだろうか。
しかし皇子として生きているルルーシュは皇帝の命令を受ける義務があり、こうして謁見しているのだ。
「ルルーシュ。お前の元に日本…そのうち我が支配下に入るであろう国の首相の息子である枢木スザクを預ける。」
「日本首相の息子…ですか?日本はEUのひとつでしたっけ?」
「…日本はアジアだ。武術の心得もない、戦略を練る頭脳も無い、政治の才能も民衆を扇動する才能も無いお前に預けるのが都合がいい。お前の周りには特秘の情報も無ければこちらを偵察する機会など無かろう。」
「あはは。役に立たない息子で申し訳ない。了解いたしました父上。」
「ふん。精々遊んでやれ。到着は明後日だ。」
「Yes your majesty.」
晴れやかな笑顔を貼り付け慇懃な礼を取り謁見の場を辞した。
ふらふらとゆれるように歩きながらアリエス宮までの回廊を歩く。
無駄に華美な装飾は美しいと捕らえるより先に疲れを感じさせる。のんきにぷらぷら歩く自分を見てメイドたちがひそひそとうわさをしているのが聞こえる。
『みてみて、ルルーシュ様よ。皇族の仕事も何もせずに遊んでるって噂だわ』
『ええ、本当らしいわよ。アリエスで働く子に聞いたもの。』
『みてみてあの服。ただのYシャツに黒のスラックスじゃない…皇族服すら着てないわよ』
『やーねー。国民の血税で生活しているくせに…』
『皇位継承権をなぜ持っているのか分からないわよね』
彼女達の方をくるりと向くと、びくっとおびえたように深くお辞儀をする。
それに「やあ」と手をふらふら振って去っていく。
自分の後姿を見て彼女達がまたひそひそと雑談していく声ににんまりと笑いながらルルーシュは足を進めた。
アリエスに帰るとナナリーが出迎えてくれた。
ここには必要最低限の使用人しか置いていない。
目と足が不自由なナナリーの為に一人メイドが居るが、その者以外は時間が来ると全員下がらせる。
外回りの警備兵は自分の権限ではどうにもできないので敷地内には入らないように良く言い含めてある。
「お兄様、お帰りなさい。」
「ただいまナナリー、いや~本殿は遠いな、疲れたよ。」
「お兄様は運動がお嫌いですからね。おなまけ者で半引きこもりですし。」
ころころと笑うナナリーに「こら」と笑いながら車椅子を押してリビングルームに向かう。
「今日のお茶は何かな?」
「ダージリンですわ。お茶請けはお兄様のお好きなイチゴのムースですよ。」
「本当かい?」
「ふふ。嬉しそうですね。」
「おいしいからな。ああ、そういえば明後日から一人住人が増えるぞ。」
「まあ。お父様のお呼び出しはその件だったのですね?」
「日本という国からくるみたいだ。首相の一人息子で枢木スザクって言うらしいぞ。」
「日本といえばアジアですわね。サクラダイト排出量で有名だとか…」
「そうなのか?ナナリーは良く知ってるなぁ。」
「ふふ。有名なんですよ、お兄様。」
「まあ、そういうことだ。新しい遊び相手が増えるから楽しみだよ。」
「お兄様ったら」
そういって微笑む彼女にルルーシュも邪気の無い笑みを向ける。
イチゴのムースをツンツン突付きながら食べる。あまりのおいしさにルルーシュはお代わりをした。
帝王学の家庭教師が来たが「面倒だから帰れ」といったらいつもの事だ、とあっさり帰って行った。
ナナリーが「お兄様」ととがめるように言ってきたが「面倒なんだ。いいだろう?」とケラケラ笑って言うと「仕方が無いですね」と笑い返してくれた。
「枢木スザクだ。これからよろしくな!」
そういって現れた子供は毛並みのいい茶色いわんこみたいだった。
少し乱暴者だが素直で活発な少年にナナリーも俺もすぐ馴染んだ。
最初は警戒していたナナリーだったが年下の弟ができたようで嬉しそうだった。
スザクは無邪気だった。俺になついたようでゴロゴロと擦り寄ってくるのは可愛らしい。
スザクは良くルルーシュを遊びに誘った。
いつも暇そうにごろごろしているから遊んでもらえると思っているのだろう。
「ルルーシュ、今日は何して遊ぶ?」
「そうだな…今日は庭園に行こう。ナナリーに花冠を作りたい。」
「よし!じゃあ行こうぜ!!」
ぐいぐいっと手を引っ張って走り出すスザクに「ま、待てスザク!」と慌てると「お兄様もたまには運動した方がよろしいですわ。」と笑顔で送り出すナナリーの声を背にルルーシュはもつれそうな足を必死に動かして、恐るべき速さで走るスザクに付いていった。
はあはあと息を荒げるルルーシュをよそにスザクはいそいそと冠を作る。
(こいつの体力は異常すぎる…)とがっくり頭をうなだれるルルーシュの頭にぱさっと何かが置かれた。
「なんだ?」と手を伸ばすとふわふわとしたものが手に触れる。
「ルルーシュ、似合うよ!」とにっこり笑うスザクの言葉から察するにシロツメクサの冠が頭に載せられているのだろう。
かっこよくポーズを決めて「どうだ?似合うか?俺もいつかは本物の王冠を頭に載せる。」と気障ったらしく言う。
「そうだな。ルルーシュならいつか皇帝になるだろうな。」
その返答にルルーシュは虚を突かれた。思わず真顔をさらしてしまい慌ててへらりとした、いつもの笑顔の仮面を被る。
そんな自分の様子をじっと見詰めていたスザクは何も言わずにルルーシュのひざに頭を乗せゴロゴロと懐く。
ルルーシュはそのふわふわとした髪に無意識のうちに指を差込み撫でた。
不安に揺れる心を制御して「スザクは笑わないのか?普通は皆お前みたいな無能には無理だろって返すんだぞ?」と問いかける。
横を向いていた顔を上向きにしてスザクが俺と視線をあわせる。
まっすぐなそれに全てを見透かされそうでルルーシュは居心地が悪かった。
「ルルーシュってさ、まるで織田信長みたいだよな。」
「おだのぶなが?誰だそれは?」
「うつけの振りをしてずっと自分の実力を隠し続けた日本の武将だ。――本当は知ってるくせに。」
そういうスザクに動揺しながら「なんのことだ?」と返す。
スザクの頭を撫でる指が震えていないか心配だ。
「――そういうことにしておいてやるよ」
と呟くとスザクはむくっと起き上がって「ルルーシュ、ナナリーの冠作るんだろう?何色がいいか?」と花の方に駆け寄る。
「あ、ああ。ナナリーなら黄色とピンクだろう。」「じゃあ~…これがいいかな!」と花を選ぶスザクにルルーシュは大きく深呼吸をして近寄った。
スザクは良くも悪くもお子様で。
ブリタニアと日本の険悪な情勢も知らず、自分が人質としてこちらに来ていることにおそらく気付いていない。
そうでなければ敵陣でその最たるものである皇族の俺やユーフェミア(彼女は好奇心からスザクに会いにきた。気に入ったらしく頻繁に訪れる。)なんかに懐いたりしないだろう。
(体力の方に全てが注がれてしまったせいで馬鹿なのかもしれないな…。しかし、こんな子供に気付かれるとは思わなかった。)
ルルーシュは母が殺害された以降、この国を変えると決意し皇帝の座をねらべくひっそりと力をつけ始めた。
まずはじめに自分の長所が戦略と先導にあることを見つけ、それを伸ばし始めた。
家庭教師を追い出し、その時間を使って必死で勉強した。
うつけであるふりをしたのはヴィ家の後ろ盾の無さからだ。あまりにも才能がある子供は暗殺の対象になりやすい。力の無い自分がナナリーを守るためには、無能であったほうが良いと判断したのだ。
それにうつけを装った方が他の皇位継承者たちの警戒の目を逃れることができる。
シュナイゼルがなにかと自分達にかかわってくることに気付かれているのではないかと警戒した事もあるが、ただ単に自分達を気に入っているだけのようだった。
しかし今のままの状態ではルルーシュは動けなかった。
(信頼できる駒が欲しい――)
スザクがアリエスに滞在して二ヶ月目のころ、シュナイゼル兄上が尋ねてきた。
食えない兄をルルーシュは苦手としていたが、彼は自分とナナリーをいたくお気に入りとしており、プレゼントを抱えては自分達を訪問した。
スザクはルルーシュの後ろにじっと隠れており、直接兄上と話す事は終ぞ無かった。
それは兄上がスザクを時々氷のような冷たい瞳で見つめていた事にあるだろう。なぜ彼がそんな視線をスザクに向けたかは分からなかったが、野生児ともいえる彼が本能で兄の恐ろしさを察知しただろう事は理解できた。
スザクがこちらに来て三ヶ月が過ぎた。
正直で明るく優しい彼に俺とナナリーの心は自然と癒されていった。
スザクと居ると意識的に貼り付けていた笑顔が、心からのものになってしまう。
その変化を危ぶみながらも、スザクはルルーシュにとってかけがえの無い存在となっていった。
そしてとうとうその日が来た。
シュナイゼルが連絡もなしに突然アリエスを訪れた。
ナナリーとルルーシュで彼の訪問に応対していたときの事だった。
シュナイゼルの訪問を知らなかったスザクは「ルルーシュ、遊ぼうぜ!」とリビングに飛び込んできてしまった。
メイドにスザクをとどめて置くようにと言いつけるのを忘れたルルーシュは焦った。
シュナイゼルはどうもスザクを良く思っていないようだったからだ。
無邪気に笑っていたスザクの顔は「しまった」と歪められ「失礼しました」と退出しようとしたときの事だった。
シュナイゼルがスザクを引き止めたのだ。
「君もここにいたまえ。大事な話だ」
「――?」
彼がそういった瞬間、ルルーシュはスザクになにかよくないことが起こったということを把握した。
「君がここに来てからもう三ヶ月が経つかな。ルルーシュとナナリーは良くしてくれるかい?」
「はい!ルルーシュとナナリーはとても優しいです。」
「ほう。彼らが――好きかい?」
その問いに「大好きです!」と満面の笑みで答えたスザクが、どさっと大きな音を立てて壁の方まですっ飛んだ。
「この無礼者が……。」
頬を押さえてこちらを見るスザクに、兄が彼の頬を容赦なくぶっ飛ばした事をようやく把握したルルーシュは「兄上!?一体何を!!」と非難する。ナナリーも「何が起こったのですか!?」と不安そうに声を上げた。
「ルルーシュと遊ぼうといってやってきたね?どうやら君は馬鹿のようだ。愚かな人間は嫌いだ…。遊んで暮らせる身分ではあるまいに。」
突然殴られてあっけに取られているだろうスザクに駆け寄って、後ろから支えるように抱きかかえる。
「スザク!大丈夫か!?兄上!!何をするのですか!!!」
「ルルーシュ…そこの汚い子供から離れなさい。自分の役割も果たさずにただ君とナナリーと遊び暮らした彼はもうここにはおいて置けないよ。」
「一体何を言ってるんですか!!」
支えていたルルーシュの腕から抜け出したスザクはゆっくりと立ち上がり、しかししっかりとした表情でシュナイゼルと向き合った。
「日本が敗戦したんですね?」
そういったスザクに、ルルーシュは驚きを隠せずに居た。
あれよあれよと拘束されおとなしく連れて行かれるスザクを、ルルーシュはただ見つめる事しかできなかった。
ナナリーが「なぜ引き止めなかったのですか!?」と涙混じりに訴えてきた時に、ようやくルルーシュは我に返った。
日本は敗戦し、エリア11と名前を変えられた。
日本人はイレブンと呼ばれ、その首相だった枢木ゲンブ――スザクの父はその日のうちに公開処刑に処された。
スザクは今ブリタニアの牢に閉じ込められている。
彼の今後はいまだ決められていない。親と同じように見せしめに処刑されるか、またはブリタニアに服従した姿をみせるためのプロパガンダとして利用されるのか。まだ分からない。
それ以上にルルーシュには不可解な事があった。
シュナイゼルがアリエスにやってきて、彼に暴力を加え拘束されたとき。
彼は日本が敗戦した事を悟っていた。
つまり、彼は自分が人質としてブリタニアにやってきたということを知っていたのだろうか。
(まさか――!)
薄暗い牢の中にスザクはいた。
先日まで来ていた服は没収され、奴隷服のようなものを着せられている彼に胸が締め付けられる。
「スザク――大丈夫か?」
「ルルーシュ。どうやってここに?」
「俺はこれでも皇子様だからな……大丈夫だ。人払いはしてある。」
「権力を振りかざすルルーシュなんてはじめてみた」
そういって笑う彼から太陽の様な笑顔が奪われていない事にルルーシュは安堵した。
「――お前は…自分が人質としてブリタニアに来たことを知っていたのか?」
「当たり前だろ?あからさまじゃないか。いくら俺だってブリタニアと日本の情勢くらい知ってるさ。」
「ならなぜ。皇子である俺にあんな態度を取れた。敵の親玉である国の皇子だぞ?」
「ルルーシュはルルーシュ。ブリタニアのやり方は嫌いだけどルルーシュがそれをやっているわけじゃない。」
「お前はずっと馬鹿なふりをしてたんだな…。随分大人びている」
「ルルーシュの年齢に張るくらい?ははっ。馬鹿のふりって訳じゃないけど、ああしてたほうが怪しまれないだろ?」
「違いない。」
くくくっと笑うルルーシュに「俺はこれからどうなるか知ってるか?」とスザクが聞いてきた。
「おそらくブリタニア軍のナンバーズ部隊に配属されると思う。」
「そっか……」
「逃げたいか?」
「いや……ルルーシュになら言ってもいいかな。――俺はこの国を内側から変えたいんだ。」
「変える?」
「ああ。内側から根本的に変えたい。日本のように支配される国を解放したいんだ。」
「それなら日本に帰って反旗を翻した方が早いだろう。」
「それじゃ意味が無いんだ。武力で武力を解決したところでどうにもならない。この国が中から変わらないと。」
そういうスザクの真剣なまなざしに、ルルーシュはあることを決意した。
「スザク――お前は軍に入って上を目指せ。」
「上?」
「ああ。いけるならナイトオブラウンズくらいまでのし上がれ。」
「ナンバーズがなれるか分からないけど……それくらいの気概みせてやるよ。」
「お前ならできるだろう。最初は一般兵だろうがそのうちお前の身体能力に研究部が目をつけるはずだ。そしたらKMFに乗る事も不可能じゃない。」
「なるほど…。」
「だが簡単にはいかないぞ。常に体を磨き続けろ。」
「ああ。分かってるよ。」
「スザク――お前は俺が織田信長みたいだっていったよな?」
「言ったぞ。」
「あれは間違ってる。――俺はちゃんと目標を達成して見せるさ。俺は皇帝になり、この国を変える。だからお前は軍で功績をあげ、俺の騎士になれ!」
「――yes your highness」
スザクがルルーシュの演技に気がついたのは、自分も同じ事をしていたからだった。
彼と自分の目的が同じだった事には驚いたが、ルルーシュはこれで目標への第一歩を踏み出す事ができた、とにやりと笑んだ。
(信頼できる駒よりも上等な、最高の騎士が手に入りそうだ)
硬く手を取り合った二人の計画が始まるのはそれから七年後。
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序章の癖に長い。
これからはスザク視点でいきます。
はっ!年下設定を活かしきれていないorz
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