リボンの位置
ほんのりと暖かい気温に促されるように、ルルーシュは眠りから覚めた。
柔らかい日が差し込む窓に目を向ける。そこにあるのは春の日差しだ。
(まだ二月だというのに…気温の変化の激しい国だなここは…。)
ちらりと時計を見ると9時少し過ぎを指している。
常ならば休日は昼近くまで寝ているところだが、なんとなく二度寝をしたい気分でもないルルーシュは、喉の渇きを潤すためにスリッパを履いてキッチンへ足を向けた。
目的地に近づくにつれて聞こえてくる物音に、ルルーシュは誰かがすでにキッチンにいる事に気が付いた。
ガチャリとドアを開いた先にいたのは、子供用の包丁で何かを刻んでいるナナリーだった。
「おはようナナリー。朝食の準備だったら咲世子さんか俺が…」
「おはようございますお兄様。いえ、朝食はもう済ませました。」
「じゃあなにを作ってるんだい?」
作業を続けるナナリーの元に近寄り、手元を覗き込む。
どうやらナナリーが刻んでいるのはチョコレートのようだ。
ふふ、と笑うナナリーに「今日はバレンタインデーだったな…」と声をかける。
「はい。今年は休日がバレンタインデーと重なったので、出来立てのものをお兄様にプレゼントいたします。」
にこにこと嬉しそうに微笑んでくれるナナリーはまさに天使のようで。
(これがリヴァルが言っていた「萌え」というものだな)としみじみと頷いた。
「ありがとうナナリー、嬉しいよ。出来上がるのを楽しみにしているな。」
「はい!ところでお兄様はスザクさんに何かご用意したんですか?」
「?用意ってなにをだ??」
「バレンタインのプレゼントです。――お兄様はスザクさんを好いていらっしゃると思っていましたが…」
違いましたか?と首をかしげる妹に内心動揺する。
確かにルルーシュはスザクが好きだ。恋人になりたい、likeではなくloveで。
自覚したのは再会したときだが、彼に惹かれたのは七年前からで、今までなぜ気が付かなかったのかと自分でも頭を傾げるくらい、ルルーシュはスザクのことが好きだ。
思わずテロリストに扮して、連行される彼を助けに行ってしまうくらい。
後になって考えて見れば、あれがナナリーであれば問答無用で助けに行く。
しかしリヴァルだったらどうだろうか。シャーリーやカレン、ニーナであれば自分はあそこまで躊躇無く助けに向かうだろうか?
すぐに是と回答が出せない。なぜならもしその行為によって自分が捕まってしまった場合(俺の計画に失敗の文字はまったく無いが、その事態を想定しないという程うぬぼれても居ない)ナナリーはどうなるんだ。俺が居ないとナナリーは生きていけない。
つまり、彼らはルルーシュの中のヒエラルキーではナナリーより下に位置するのだ。ナナリーと並び立つ事を許されているのはスザクのみ。
「そう位置づけている時点で気が付けよ…」と緑の髪をした魔女につっこまれたのも懐かしい記憶だ。
ルルーシュは自他共に認める恋愛音痴(スザクへの想いに気が付かなかった日々を指摘されれば認めざるを得なかったともいえる)である。
音痴は音痴なりに回りにばれない様にこの思いを隠そうとしていたのに…、だ。
今、妹から告げられたのはなんだ。
(俺の想いを知っている…だと!?)
そんな兄の動揺が目が見えなくとも手に取るように分かったナナリーは困ったような笑みを浮かべる。
どうやら自分のいとしい兄は、自分の想いを隠すことに成功していたと思っていたようである。
彼の想いを知らないものなど、恐らくその想いを向けられているスザク本人だけだろう。
兄も大概恋愛音痴だが、その親友も大概恋愛に疎い。いや、疎いというより彼はそういった感情に乏しいような感覚を受ける。
彼は天然タラシという称号を与えられる男性だが、それは本当にただの褒め言葉で、彼の中でそれが特別な想いを生む要素になっていない。
そして彼は自分に向けられる感情にも、疎い。
友人の「好き」、悲しい事だが差別される事で向けられる「嫌い」「憎悪」等はその通り受け止めているようだが、人間として「好き」「愛している」は受け入れるどころか、理解すらしていない。それどころか友人としての「好き」であると誤解して受け取っている事もある。
(あんなに鈍くて恋愛音痴で天然タラシのスザクさんをお兄様がゲットするためには、まずスザクさんにお兄様の想いをきっちりと受け取ってもらう事からはじめなきゃ!)
そう。ナナリーが朝からこうしてバレンタインのプレゼントを作っているのは、もちろん最愛の兄に対するプレゼントを作っているのだが、本当の目的は兄にバレンタインプレゼントを作らせて、スザクに渡して関係を進めてもらおう!というものだった。
その目的を果たすべく、いまだに動揺している兄に声をかけた。
「………。」
「………。」
「……お兄様…。」
「な、なんだ、ナナリー……。」
二人の間に流れるのは気まずい雰囲気と焦げ臭い匂い。
チョコクッキーの種を乗せてオーブンで焼いたはずの天板の上に載っているのは、炭…だろうか。
その下の段に乗っていたプレーンクッキーは解け崩れて一枚の板のような物体となっている。
「プレゼント…お作りしたくなかったのでしょうか……私が無理やりお誘いしたので…こんな…」
お兄様はお料理がお上手なのに…こんな……。
失敗した作品を前に呆然としているナナリーは、どうやらルルーシュに作りたくないものを無理やり作らせたから失敗してしまったのだと悲しい雰囲気を漂わせる。
そんなナナリーに慌てて「そ、そんな事はない!」と否定する。
「すまない、ナナリー…。料理は出来るんだが…実は焼き菓子は苦手なんだ……混ぜ加減とかが分からなくて分裂したり…。それに俺だって作りたいから一緒に作ったんだ。」
「そうだったんですか?申し訳ありませんお兄様…私がちゃんとそれを聞いていれば…」
「ナナリーのせいじゃない!そ、そうだ。まだ材料はあるし、もう一度作り直そう。多分次こそ…!」
「それが…そろそろスザクさんがいらっしゃるお時間ですので、間に合わないんです。」
しゅんとしょげるナナリーにルルーシュの焦りは高ぶる。
「スザクが?何時に来るんだい??」
「一時にいらっしゃるんです。」
「………。」
現在12時45分。間に合わない。
「あ、あいつも昼ごはん食べてすぐにはお菓子も入らないだろうし、その間に作りなおせば……」
「でも、私が時間を指定して……お待たせするのも申し訳ありませんし……」
「うっ……」
ついには返す言葉も無くなり黙りこんでしまう。
焼き菓子作りが苦手な事は確かだが、こうしてナナリーをがっかりさせるのはルルーシュの本意ではない。
(何故俺は失敗してしまったんだ!いや、失敗する可能性があることは分かっていたんだ。あらかじめ咲世子さんを呼んで一緒に作ってもらえば…!くっ!)
おろおろとしていると、ふいにナナリーがぽんと手のひらを打った。
「いいことを思いつきました!」
「何を思いついたんだいナナリー?」
ふふふと微笑むと、ナナリーは作業台に置いてあったラッピング用の大きなリボンを手にとった。
「お兄様、手をかしてください。」
「なにか包装するのかい?」
「はい。利き手はあれですので…左手を…。」
何をするのだろう?と思いつつ請われた通りに左手を差し出すと、目の見えない彼女はそれを感じさせないくらい器用にそのリボンをルルーシュの手首に巻きつけた。
「ナ、ナナリー??」
きゅっと音を立てて可愛く結ばれたそのリボンの形を手で確かめると、納得がいったのかナナリーはルルーシュに顔を向ける。
「出来ましたわお兄様。」
「ナナリー、これは一体…?」
「私からスザクさんへのプレゼントです。」
「プレゼント?」
「はい。スザクさんへお兄様をプレゼントですv」
「!?ほ、ほわぁぁぁああ//////ナナリー!何を!!///」
わたわたと慌てると「駄目ですか?」と悲しい表情がルルーシュを責める。
妹のその表情にはどうしても勝てない。
あああぅぅ///と言葉にならない声を発しながら、ルルーシュはスザクにナナリーによって献上されてしまったのだった。
その後。ルルーシュの部屋にて。
「それで、何でルルーシュがプレゼント??」
「いや…多分俺がクッキー作りを失敗して…ナナリーも動揺して…」
「ふーん。ルルーシュが料理を失敗するなんて珍しいね?」
勝手知ったるルルーシュの部屋。スザクはルルーシュのベッドにごろりと転がりながら腰をかけているだけのルルーシュを見上げる。
キョトリとしたスザクの瞳に見つめられて、自然と頬が赤くなるのを自覚しながら「焼き菓子は苦手なんだ!」と言い訳をする。
本当は。
本当はクッキーがうまく焼けたら、ナナリーと一緒にスザクに渡して。それに便乗する形で想いを伝えようと思っていたのだ。
「好きだ」と。
振られるかもしれない。そんな考えが逃げを生み出してクッキー作りを失敗に終わらせたのかもしれない。
そう考えると、失敗して悲しそうだったナナリーの表情に胸が痛くなる。
(すまない、ナナリー…)
ベッドに懐くように転がりながら「ルルーシュのいい香りがする~」と言うスザクにただでさえ赤い頬を更に染める。
ふわふわと動く柔らかいカールした茶色い髪。
そっと指を絡めると、それに気が付いたスザクはおとなしく頭を預けて気持ちよさそうに目を細める。
その表情に好きだという気持ちが更に高まる。
これ以上ないくらいに想っているというのに、まだ好きになってしまうのだろうか。俺の恋の水槽はすでに溢れているというのに。
心の中で「好きだ…」とつぶやきながら、膝に擦り寄ってきたスザクの頭を優しく撫でる。
ふとリボンを巻かれた左手がスザクの右手に取られる。
「ルルーシュ、ピンクのリボン可愛いね。」
「ナナリーが巻いてくれたんだ。」
「ナナリーもルルーシュと一緒で器用だよね。綺麗に結んである。」
「そうだろう?……スザク。なぜ解くんだ。」
するするとリボンを解くスザクに(それは俺がスザクのものだって言う意味合いのものなのに…やっぱり俺はいらないのだろうか)と勝手に悲観的な気分に陥っていると、「よいしょ」と上体を起こしたスザクと視線が合う。
スザクはにっこりと笑ったと思うと、いそいそとリボンをルルーシュの首に巻きつける。
「ちょ、何をするんだ…!」
「うん。こっちの方が似合うよ。」
見てみてよと促され、ベッドからギリギリ見える鏡に自分の姿を写す。
首元には先ほどまで腕に巻かれていたピンク色のリボンが歪な形で結ばれている。
「スザク…」
「こっちの方がプレゼントって感じじゃない?」
「な!!///」
「ナナリーがくれたから遠慮なくいただこうかな……」
いつもより艶がかった声を耳元でささやくき、するすると腰に腕を回すスザクに、思わず腰がうずく。
(え、エロイぞスザク!!)
「す、すざ……」
「せっかくだからルルーシュと寝ちゃおうかな…」
(ね、寝るだと!?そんな…!心の準備が…!!//////)
「あっ///すざく…」
「こんなにぽかぽかしてるし…一緒に寝たらきっと気持ちがいいよ…」
(そうだな///お前となら気持ちがいい…って)
「――は?」
「うん。そうしよう。」
ぎゅっと抱きしめたかと思うと、そのままゴロリと横になる。
気が付けばスザクに腕枕をされるような状態でルルーシュは寝転がっていた。
「――スザク?」
「ん…昨日は遅くまで仕事で……お昼寝するにはいい天気だし…ね?」
「……おい」
「おやすみ…」
「……はぁ…」
寝るってそういう意味か。
いや、残念だとかぜんぜん思ってないぞ。全く。
首にリボンを巻いたまま眠って誤って、絡まって俺が窒息死したらどうする気だ馬鹿スザク。
………。
このリボン、大事に取っておこう。
「お休みスザク。よい夢を……。」
スザクさんは確信犯か、天然か。
私は白スザクが好きなので天然に一票(笑)
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