崩壊した建物を燃やし尽くす炎、立ち込める粉煙。そこから整列された列を組んで退却する兵士達。
その顔に覇気は無く顔は煤にまみれ体は傷だらけだ。
そんな彼らがたどり着いた場所は本陣―とはいっても彼ら、ナンバーズ部隊が待機する場所は端の端にあり、また一番敵から襲撃を受けやすい場所でもあった。
(喉が渇いた…)
おそらく全員がそう思ったのだろう、給水場へと足を向けようとしたときだった。
自分達ナンバーズ部隊を纏める部隊長と上官二名が「整列しろ!!」と号令をかけた。
「まさか帰ってきたそばから水を飲むなどしていないだろうな!?お前達ナンバーズにくれてやる水など一滴足りともない!」
そういって上官はペットボールに入った冷たい水を見せ付けるように飲む。
喉が渇いて仕方ない自分達の喉がごくり、と鳴る。
「なんだ?その物欲しそうな目は…。気に障る!!」
上官に殴られて横倒しにされたうえ、他の二人にサンドバッグのように蹴りを入れられた彼はなかなか起き上がる事ができなかった。
汚いものを見るような目でそれを見やった上官はぺっとつばをかけたあと、彼への興味を失った。
「お前達に休息など与えない。今からKMFを磨いてもらう。いいな!」
『Yes my road.』
本当に必要な作業ではない。
自分達に休息を与え無いために適当に考えついた仕事なのだろう。
しかし、いやなものを思いついてくれるものだ。KMFは高い。おそらくロープなどを使わず素手でよじ登り上の部分を拭くことになるであろう。
思わず出そうになるため息を必死に堪え、彼らはKMFの元へ駆け出した。
「大丈夫か?」
先ほど上官から暴行を加えられていた兵士に近寄る一人の男が居た。
「――スザク…俺に構ってたらお前まで罰を食らうぞ。」
「何を言ってるんだおいていくわけが無いだろう?ほら、支えてやるから一緒にKMFのところに行こう。ここに居たらサボっているといわれてまた殴られる。」
「すまない…。」
スザクはその男を支えて一番近いKMFまで連れて行った。
夜も深まり、正規のブリタニア軍人はすでに就寝しているころ。
ナンバーズである彼らは夜警の任務を与えられていた。
スザクは他の兵士二人と東のポイントの監視をしていた。
一人は昼間暴行を加えられていたアランで、あと一人は部隊に入ってから親しくなったタムだった。
ブリタニアは正直嫌いだ。しかしブリタニアの国語であるブリタニア語を学んでいたおかげでこうして国の違う彼らと交流する事ができた。
双眼鏡を覗き込みながら敵襲が無いか確認する。
(2時の方角、異常なしっと。)
「俺…何のために生きているんだろう。」
昼間の傷を考慮して横になっていたアランがふと声を上げた。
彼の中を暴れまわる悔しさと悲しさが溢れたその声に、スザクとタムの顔は切なげにゆがめられた。
アランはがばっと起き上がりスザクの襟首を掴むと大声を上げた。。
「国を侵略して…国民を追い詰めて虐殺して…俺から全てを奪った国に隷属して。殺したくも無い異国の人をブリタニアの為に殺して。俺は…俺達は一体何なんだよ!!何のために…生きてるんだ!」
「アラン……。」
「お前だって…そうは思わないのか!?国を侵略され…親は処刑され、息子であるお前はプロパガンダとしてナンバーズ部隊に入れられてる。ブリタニアが憎いのに…そいつらの為に働くんだ!」
「俺だってそうだよ、アラン。」
「タム…。」
「俺だって一国の皇子だった。それを隷属の証としてこうして一般兵に入れて……本当はブリタニアなんかぶっ壊したい。自分の身と引き換えにしてでも皇族の一人殺してやりたいくらいだ。」
話に同調するタムに向かい合ったアランはスザクから手を離し、タムに詰め寄る。
首が軽く絞められていたスザクは「けほっ」と咳き込んでしまった。
「俺……自爆覚悟で爆弾を背負って皇族に突っ込もうと思う。本気だ。」
その声にスザクは目を丸くして咳き込んだままアランを見る。
「もう我慢できない。俺は今すでに死んでいると同然だ…いや、ブリタニアの遣いとして動いてるんだ。死よりもたちが悪い。」
「アラン…おい…」
「それなら皇族を巻き込んで死んだ方がいい。」
「馬鹿を言うな!!!」
「スザク……」
「もしそれをやった場合、君は死ぬからそれで終わるかもしれない。しかし君の国の国民はどうなる!?皇族殺しの罪を受けてさらに酷い支配を受けるかもしれないぞ?!」
「あ……」
タムの肩に手を置き顔を覗き込む。
彼の瞳がにじみ、自分がやろうとしたことの愚かさと、どうにもできない悔しさが涙をこぼした。
それをそっと拭うと、「諦めるな」と声をかける。
「僕達はまだ死んでいない。諦めるにはまだ早い。」
「そんな事を言ったって俺達にはもうどうしようもないじゃないか!!」
悲鳴交じりの抗議の声を聞いて切なくなる。
僕達は何故こんなに虐げられなくてはならないのだろうか…。
「君が諦めたとしても、僕は諦めない。きっとこの国から日本を取り戻す。」
「スザク…。」
「お前、何かたくらんでいるのか…?」
そういって自分を見つめる二人に「いや…」と苦笑をもらし、「僕は駆け上がれるところまで駆け上がってみせる。」と告げる。
真剣なそれを聞いたアランとタムがどう思ったかは分からない。
しかしその夜以降彼らが物騒な話をすることは無かった。
「彼が枢木スザク一等兵かい?セシル君。」
「はい、そのようですね。今訓練中でしょうか?」
「自主訓練みたいだけどねぇ…彼、ナンバーズ部隊の面々から相当信頼が厚いみたいじゃな~い?」
「報告書ではそれを危険視しているという事ですが…いかがいたしますか?」
「まあ試してみるだけ試してみましょ。彼がランスロットにふさわしいかどうか。」
「分かりました。では彼を呼んできますね。」
「枢木スザク一等兵、参りました。」
「あはぁ、待ってました~~~。」
「いらっしゃい、スザク君。」
「はぁ……。」
この軽いノリは一体なんだろうか。
特派と呼ばれる機関から呼び出しを受けたスザクは不安を抱えたまま呼び出しに応じた。
そうして訪れた先には白みがかった銀髪にめがね、白衣のひょろっとした男性にセミロングの黒髪が美しい女性が待ち受けていた。
「君、ナイトメアにのってみなぃ?」
「ナイトメア、ですか?しかし自分はナンバーズですが…。」
「ナンバーズなんて関係ナイナイ!まあ物はためし。セシルくーん、乗せちゃって~~」
「はい。」
「え、ちょっと!!」
そういって押し込まれるがままに白いKMFに乗り込み操縦席に座る。
薄暗いコックピットにはレバーなどがあり、これが自分の国を壊滅させた兵器なのだと思うと吐き気がした。
ぼーっと座っているとなにやら外から「うひゃ~!」「これですこれ!見つけたよ~セシル君!」とはしゃぐ声が聞こえ、何事かと席を立って覗き込むとこちらを見ていた白衣の男が「スザクく~ん!!君って最高!!」と踊るような足取りで駆け寄ってきたので、慌ててKMFから降りて彼の元へ向かう。
「シンクロ率80%超え!しかも何の準備もなし!」
「本当にすごいわ!スザク君!!」
「はぁ…あの、申し訳ありませんが自分にも分かるように説明していただけないでしょうか?」
「あら。そうだったわね。ごめんなさいね?」
彼女―セシルさんが言うには、この第七世代ナイトメアフレームはサクラダイト使用率が過去よりも多く、パイロットを選ぶ機体なのだそうだ。
ブリタニア軍から身体能力が優れたものを選んで実験するも適合率が低く、稼動する事ができなかったようだ。
そこで痺れを切らせた白衣の男―ロイドさんがナンバーズのデータをこっそりと拝借して僕に目をつけた、という事らしかった。
「君、ランスロットのデヴァイザーにならない?」
「いえ、あの、ですから自分はナンバーズでして…」
「ナンバーズなんて関係ないっ!僕の大事なランスロットが動く!それが重要なわけ!」
「えーっと…」
ぽりぽりと困ったようにこめかみをかいている自分に「ごめんなさいね、こちらでなんとかしてみるから承諾してもらえないかしら?」とセシルさんが申し訳なさそうに聞いた。
それに「しかしばれたらまずいのはあなた方では…」と返す。
「だいじょーぶ!僕がなんとかするから!ね!!じゃあ明日から待ってるよ~~~」
「もう、ロイドさんったら強引ですね。そういうわけだから、明日7:00に此処に来て頂戴ね。」
「はあ…」
(あなたも大概強引です…)
そう思いながら「yes my road」と返答し、特派を辞した。
月の黄色が見当たらない今日は約束の日だった。
スザクは黒一色の服を着込みアリエスのバルコニーをよじ登る。
ここの警備は完全に把握しており、スザクがへまさえしなければ決して見つかる事は無かった。
大きな窓に近寄り音を立てないように開き瞬時に中に入って再び閉める。
「スザク。待っていたよ。」
ほの暗い室内でベッドに寝そべり自分を待っていたのは、主であるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだった。
彼はスザクを手招きして呼ぶ。近寄るスザクにシーツを持ち上げてここに入れと無言で促す。
その隙間にするりと入り込むとルルーシュの体温で温まったベッドが外の寒さでひえこくったスザクの体を温めた。
冷たい体で彼に触れるのは申し訳ないと縮こまっているとルルーシュからぎゅうっと抱きしめてくれた。
自分より7歳年上の彼は身長が自分よりも高く、その長い足を活かして俺を挟み込み全身を暖めるように抱きこんだ。
自分は今15歳。彼は22歳だった。
「外は寒かったか?」
「うん。もうすぐ冬が来るからね。」
「そうか…」
「ルルーシュは寒がりだからいやでしょ?」
くすくすと笑うと「馬鹿」と額を小突かれる。
「あ」と思い出したように声をあげると「なんだ?」といいながら促すように頭を撫でてくれる手は、スザクのお気に入りだった。
「今日特派からKMFのデヴァイザーになるようにって辞令が来た。」
「ふっ…やっとか……。あんなに分かりやすくナンバーズのデータをおいてやっていたにも関わらずお前を見つけ出すのが遅い。」
「仕方ないでしょ。ブリタニア人から先にテストしてただろし…。」
「ふん…。無能だな。」
「そりゃ、ルルーシュに比べたらね。で、特派って確か第二皇子の直属じゃなかったっけ?僕あいつだけはいやなんだけど。」
「いや、大丈夫だ。ロイドが行っている研究を見たときにあの白いのならきっとお前がパイロットになるだろうと踏んで、兄上にお願いして俺の直属に変えてもらった。」
「……相変わらずブラコンだよね、あいつ…。」
むかつく…と呟くと、「俺はきもちわるいけどな」とはき捨てる彼に少し気分が向上した。
ルルーシュは素敵な人物だ。
いつもはうつけを装っているけど、彼は外見だけでも十分人をひきつける。
艶々の黒髪に計算されたように配置されたパーツ。アメジスト顔負けの美しい紫の瞳にすらっと筋の通った鼻。
みずみずしい唇に細い首筋。長い手足は絶妙なバランスを保ち彼のスタイルのよさを引き立てた。
初めて彼と出会ったとき、スザクは一目で彼に惚れた。
一目ぼれなんか日本男児は決してしない!そう思っていた自分をすぽんと忘れてしまうほどの衝撃だった。
ルルーシュと仲良くなっていくうちに彼の中身にも惚れた。
つまるところ、枢木スザクはルルーシュの全てにほれ込んでいた。
「やっと…KMFのパイロットになれた…。」
「まだだぞスザク。次はラウンズまでのし上れ。舞台は俺が整えておいてやる。」
そんな馬鹿なと普通の人間が言ったらそう思う事もルルーシュがいうと当たり前のことのように感じてしまう。それも彼の才能のひとつだといってもいいかもしれない。
「ラウンズになったら?」
「ナイトオブワンになる事はまず無理だ…。あそこは熊親父がふんぞり返ってる。なに、どのナンバーでもいいんだ。その代わり帝国最強の騎士の名を手に入れろ。」
「最強…か。ルルーシュが言うなら。」
まっすぐルルーシュの瞳を見つめる。
「もう寝ろ。」と頭を撫でてくれる彼の指に眠りに誘われ、スザクはあっという間に眠りに付いた。
「お前の主は俺だけだ……ラウンズに入ったとしてもそれは忘れるなよ?」
眠るスザクにそう呟くと、彼の目じりにキスを落としてルルーシュも眠りの世界へと旅立った。
その2年後。
ナンバーズ初のナイトオブラウンズが誕生した。
ナイト・オブ・セブンの名前を冠する彼は、エリア11の出身者で「白い悪魔」と呼ばれるほどすさまじいKMF操縦技術を持ち、さらに武道全般をこなす帝国最強の騎士と呼ばれた。
ナンバーズ部隊からの異例の出世。
(たとえ日本人に売国奴と呼ばれても構わない。すべては日本を―エリア支配された国を解放するため。そして我が主ルルーシュ様の為に。)
皇族や貴族に囲まれる中、第99代神聖ブリタニア帝国皇帝 シャルル・ジ・ブリタニアへの忠誠の儀を行いながら、スザクは自分の真の主であるルルーシュに誓いを立てた。
「あなたの剣となり盾となることを誓います。」
ちらりと視線があったルルーシュは口を怪しくゆがめて笑う。
「ようやく舞台が整った。さあスザク…俺とともにこの国を変えようじゃないか…。」
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