ユーフェミアは異母兄であるルルーシュが住むアリエス宮を訪れた。
あることを耳に挟み、それを兄に確認するためだ。
「やあ、ユフィ。良く来たね。」
そういって出迎えてくれた兄に彼女は顔がほころぶのを感じた。
「ルルーシュ。お久しぶりです!」
「ああ、久しぶりだな。お茶でもどうだ?今日は俺の好きなストロベリーティーなんだ。」
そういってさりげなくエスコートしてくれる彼はいつもと変わらないように見えた。そう、見えたのだ。
しかしユーフェミアは父が彼に大きな命令を下した事を知っていたし、それによってよく言えばのんびりした穏やかな生活を好むルルーシュがそれとかけ離れた世界に足を踏み込むという事も理解していた。
案内された先でソファーに座り、メイドが給仕してくれたカップを手に取り、ルルーシュお勧めのストロベリーティーの香りを楽しむ。
そして車椅子の異母妹の姿が無い事に首をかしげ「ナナリーはどうしたのですか?」と尋ねる。
ユフィの質問に少ししょんぼりとした様子を見せて「ナナリーはアッシュフォードに預けた」と答えを返したルルーシュにユフィは目を見開く。
「ナナリーを預けた…ってどういうことなのですか?」
「ユフィも知ってるからここに来たんだろう?」
「では…やはりあの話は本当なのですね。あなたがエリア11の副総督として使わされるという事が。」
それにこくりと頷き「ああ、めんどくさい…なぜ俺が副総督なんかに…」とぶつぶつ呟くルルーシュに「そんな問題ではありません!」とカップを置きルルーシュに真剣な顔を向ける。
その顔にだるいだるい…とむっすりしていたルルーシュは目を丸くした。
「エリア11はテロが多く一番危ないと言われている所です!そんなところに行けば――」
「だからナナリーをアッシュフォードに預けたんだよ。連れて行くわけには行かないだろ?」
ついにはごろりとソファに寝転がったルルーシュに、ユフィは拳をぎゅっとにぎった。
「ナナリーを預けた事に反対はしません。しかし、貴方をエリア11に送るという事は――」
「死んで来い、という事だろうな。まあ俺は才能もないし…だるがりで引きこもりだからな。そんな奴を掃除するにはもってこい、って所なんだろう。」
「ルルーシュ!」
縁起でもないことを!と非難するユフィにカラカラと笑うルルーシュ。
彼は本当にこの件に関して何も思っていないのだろうか。
「ルルーシュ…貴方はなんとも思わないのですか?このような命を受けて…。」
「仕方が無いだろう?俺も皇子なんだ。いつかこういう日は来ると思っていたさ…」
「でも…なんならシュナイゼルお兄様にお願いして……!!」
その名前を出した瞬間、ルルーシュの瞳に冷たい色が混じったような気がしたが、すぐに柔らかい色を取り戻した。
「シュナイゼル兄上にはとっくにお願いした。」
「……それでも、だめだったのですか…?」
シュナイゼルはヴィ家の二人を目にかけている節がある。2ヶ月に一度だが定期的に訪れ、彼らに問題が無いか確認する。兄弟としては普通に見えるが、あの男は普通の人物ではない。
だからルルーシュがシュナイゼルにお願いすれば、父上に掛け合ってくれるかもしれないと思ったのだが…。
「いや、どうしても欲しいとねだったら渋々了承してくれたよ。」
「欲しい…ですか?命令の取り消しではなくて?」
「ああ。エリアに行く事に依存は無いから、あれをくれとねだったんだよ。」
「それは何なのですか?」
仰向けで寝転がっていたルルーシュは、ころりと転がりユフィに視線を合わせる。
その顔に浮かぶ笑みに、彼女の顔は知らず赤らんだ。
本当にこの兄は美しい。
つややかな唇がゆっくりとつむぐ単語。それにユフィは驚きを隠せなかった。
「ナイト・オブ・セブン――枢木スザクを俺の護衛に。」
枢木スザク。
それは七年前だったか…アリエスに短期間すんでいたイレブンの男の子だった。
ルルーシュとナナリーに懐いた彼は、ユフィとも仲良くしてくれた。
活発で元気な彼はユフィのよき遊び相手となった。弟が居ない彼女はスザクを弟のように可愛がり、自分以上に懐かれているルルーシュに嫉妬したりもした。
木登りに星座観察、虫取り。
自分達がしたこと無い事を彼は色々と教えてくれた。
新鮮な日々だった。
日本がエリア11となるまでは。
ユフィがその話を聞いたのは、彼がナンバーズ部隊に入れられた後の事だった。
泣きじゃくるナナリーとうなだれるルルーシュをみて、ユーフェミアも一緒にわんわん泣いた。
ブリタニア人以外の人と出会い、仲良くなる事でユフィは人種というものは単なる肌の色の違いとか、体格の違いであり、打ち解ければ理解しあえるという事を学んだ。
そして、自分達の国が彼を虐げその国すら取り上げてしまった事を知り、恥じた。
そんな彼は今、功績をどんどん挙げ今では父上の騎士となっている。
それは彼女にとって悲しい事だった。
功績を挙げている。それは彼がその分だけ人を苦しめ、殺害してきた事を示していた。
それをさせているのは誰だ。といわれたら父である皇帝と自分達皇族、そしてブリタニアという国だと返すしかないのだが。
それでもあの心優しくまっすぐだった少年の瞳が、軍に入る事で濁ってしまうのではないかと嘆いた。
ナイト・オブ・ラウンズに会う機会はそう無い。
ユフィも彼がラウンズになってから中々会うことはできなかった。
しかし偶然にもラウンズが飼っている猫を庭園で捕まえたことで彼と再会する事ができた。
あのときの衝撃をユフィは忘れない。
『申し訳ありません、殿下。その猫が粗相を。』
『いえ、いいのですスザク。お久しぶりですね。』
『…?大変申し上げにくいのですが、自分は殿下とお会いした事が…?』
『何を言っているのです、スザク。あんなに一緒に遊んだではありませんか。』
『遊ぶ…ナンバーズである自分にそのような機会はありません。どなたかとお間違えではないかと。』
『そんな――!!』
驚くユフィをよそにスザクは暴れる猫を抱き上げ、ユフィに敬礼をして立ち去った。
私とであった過去など、切り捨てたという事か!とかっと怒り、ユフィはそのままアリエスに向かった。
そこで聴いた言葉は『スザクは俺とナナリーの事も忘れている』という物だった。
悲しそうなルルーシュ。ナナリーなど涙をハンカチで拭っていた。
二人をこんなに苦しめる枢木スザクは、ユフィの中で次第に怒りの対象へと変わっていった。
その男を護衛になど。シュナイゼルも何故許可をしたのか。
笑みを浮かべたまま「何故彼を」と問い詰めるユフィの声は無視して「準備をするからすまない。そろそろお開きにしよう」というルルーシュの言葉にアリエスを辞し、そのままシュナイゼルが勤める執務室へと足を運んだ。
本来なら位が上の兄に会うときには事前に断りが要る。いつものユーフェミアだったらそこ辺りはしっかり段階を踏むのだが、今の彼女からその事はすっかり忘れ去られて居た。
ばんっと扉を開き「シュナイゼルお兄様!」と彼に近寄る。
驚いた顔を作る彼の横で騎士であるカノンが「ユーフェミア様…ノックもなしとは失礼ですよ」と咎める。
それを手で静止し「やあ、ユフィ。どうしたのかな?」と問いかけてきた。
「ルルーシュをエリアにやることをどうして反対しなかったのですか?」
「それは…反対したんだけどね、ルルーシュも皇子だ。いつまでも守られる一方ではよくないという父上の方針も分かるだろう?」
「それはそうですが…では何故エリア11なのです。あそこは危険です!」
「総督にするわけではない。副総督という形でやる分には大丈夫だろう。」
「それは……そこは百歩譲るとします。しかし、ナイト・オブ・セブンを護衛につけるとはどういうことですか。」
それを聴いた瞬間、シュナイゼルの笑みが消えた。
ユフィは知っていた。彼がスザクを良く思っていないという事を。彼は兄弟には甘い。格別なのはヴィ家だが。
それに好かれたスザクは目の上のたんこぶのような存在だったのだろう。
しかしシュナイゼルも鬼ではない。だから彼の命を奪わずナンバーズ部隊に入れたのだ。
「ルルーシュがね…どうしてもと強請るからね…。それに、彼は仮にも帝国最強の男だ。ルルーシュの護衛としては適材だろう。」
「…ですが……スザクはルルーシュを忘れているんですよ?その事がルルーシュを傷つけるのでは…」
シュナイゼルはユフィの前に手を翻して、彼女の話を止めた。
そしてにっこりと微笑むと「いいんだ、ユフィ。彼はルルーシュの護衛にする。納得してくれるね?」と有無を言わさぬオーラを彼女へと向けた。
それに「は、はい…」と答えるとユフィは「失礼いたしました。」と部屋を出た。
スザクがルルーシュの護衛になる事は大変喜ばしい。
かつて仲の良かった二人が寄り添う姿をまた見る事ができるのだ。
しかしスザクは変わってしまった。
その彼の行動にルルーシュが傷つくのではないか。それだけが彼女の不安だった。
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