長兄であるオデッセウスを押しやり、次期皇帝の座に一番近いと言われている軍略の天才シュナイゼル。
その妻の座を狙ってきれいに着飾りアプローチしてくる女性は多い。
魅力たっぷりの彼女達の誘惑をいつも変わらぬ穏やかな笑みでするっと拒絶できる事には訳があった。
彼には遠い昔から心に住んでいる一人の女性が居た。
身に纏った騎士服とは対照的なウェーブの掛かったたっぷりとした長いつややかな髪をなびかせ、軍神とも言われる力を持って庶民の位から高位の座までのし上った女性。
名をマリアンヌと言った。
彼女彼が幼い頃から宮廷には警護として勤務当番を請け負う、割と皇族と触れ合う部隊に所属していた。
シュナイゼルが彼女をはじめて見かけたのは、10歳だったかそれよりも若かったか。
彼が自分の離宮へと回廊を歩いているときに、彼女達が部隊は訓練を行っている場所を通りかかったのだ。
女神かと見まごう美貌、しなやかな体から繰り出される動作のひとつひとつは人を傷つける荒々しい行為であるにもかかわらず、時を忘れ見入る程美しかった。
その後、彼は毎日同じ時刻にその場所を通るようにした。
そうして彼女達が訓練を行う曜日を知り、その日は必ず時間を割いて人目につかないようひっそりと見つめた。
彼女の姿をいつも見ていたい。
次第に彼はそう願うようになっていった。
騎士を持つ年齢は決められていない。
幼いうちに騎士を得る者も居れば、護衛のみつけて騎士は持たない者もいる。
シュナイゼルは身近に人の気配を常に感じることに抵抗を覚える人間だった。自分もきっと後者のように騎士を持たないだろうと思っていた。しかし彼女に出会ってその思いは変わってしまった。
(彼女を自分の騎士にしたい。)
そうすればずっと彼女を見る事ができる。
そして彼女は私を見てくれるにちがいない。
彼はまず自然な形で彼女に近づいた。
『君達の部隊の訓練が見たい』そう隊長に言えば、彼は感激きわまったように『光栄にございます!』と敬礼し、シュナイゼルに見学の許可を与えた。
そうして驚いたように彼女の腕のよさをほめた。近くで見た彼女の動作は遠くで見た時よりも迫力と優美さに溢れ、彼は心からの賛辞を彼女に与えた。
シュナイゼルが女性に賞賛の声を上げると頬を染めたり、照れたりする事が当たり前だった。
しかし彼女は『ありがたき幸せ』と照れも喜びも見せず、ただ慇懃に礼をしただけだった。
『名はなんと言う?』
『マリアンヌと申します。』
『先ほどのはお世辞ではない…これからも精進してくれ。』
『はい。』
(なんて謙虚な女性なのだろう。)
シュナイゼルはそう印象を持ち、彼女の可愛らしい声、意志の強い瞳、女性特有の柔らかい香りがシュナイゼルをさらに虜にしていった。
そうして出会いを済ませた後、シュナイゼルは訓練が行われるたびに彼女に声をかけた。
困った様子も見せず、丁寧に応対する彼女はとても誠実だった。
シュナイゼルが彼女を見初めてから一年後。
彼はようやく彼女に騎士になって欲しいと言う気持ちを告げようとしたときの事だった。
彼女が、父上の騎士となった事を知った。
その事に呆然とし、やる気を失った。たんたんと執務をこなすだけの日々を送っていた時、今度は彼女が父上と結婚したという事を知り、絶望した。
シュナイゼルは自分が戦略において天才だと思っていた。
周りにもそう持てはやされ、自分でもそう思い込むようになっていたのは事実。
しかし、自分は天才ではなかった。
自分は時を読み間違えたのだ。それも重大な局面において二度も。
こんな失敗は二度とするものか。
この敗戦は彼を大きく成長させた。
マリアンヌと父の間にできた子どもは可愛かった。
特に兄のルルーシュは彼女に生き写しで。ナナリーも春風のように愛らしく、自分は二人をとても可愛がった。
マリアンヌが彼らと楽しそうに戯れる姿を見て、シュナイゼルに絶望まで感じさせた恋心は次第に見守る恋心へと変わっていった。
そんな彼女が、テロリストに殺された。
彼の恋心は、本当に死んでしまった。
いや、死んではいなかった。
ただ、彼女から思いを昇華させ、次の人へと向かう前に彼女が居なくなった事で、彼の恋心を彼女が全て持ち去ってしまったのだ。
一生妻は持てない。
その代わり自分の子どもの様にルルーシュとナナリーを守ろう。
それからと言うものの、頻繁に会いに行く事はできなかったが、シュナイゼルは定期的に彼らを訪問した。
しっかりとした妹とは対照的にぼんやりとした弟。
顔はマリアンヌにそっくりだが、中身は誰に似たのやらと苦笑した事も数知れず。
しかし、だるがりでのんきで、勉強が嫌いでイチゴと妹と娯楽があればそれでいいという弟の生活が、自分が本当はしたくて、でもできなかった生活を体言してくれているようで好ましくあった。
障害はあるが、元気に成長するナナリーとルルーシュにシュナイゼルの心はいつも穏やかだった。
ある日日本から人質がやってきた。
名を枢木スザクといい、ブリタニア人かと見まごう色彩の彼はなんと、シュナイゼルが庇護している彼らの離宮預かりとなった事を二ヵ月後にしったシュナイゼルは急いでアリエスへと向かった。
そこで見た光景は、自分と接するときよりもやわらかく穏やかな顔を見せる二人の姿だった。
そう。まるであのときの彼女のような――。
その笑顔を引き出したスザクに、シュナイゼルは嫉妬のようなものを感じた。
そうしてその嫉妬と怒りを叩きつけるように、エリア支配され人質として価値の無くなった狗を連行する前に殴りつけた。
そんな狗も今ではブリタニアのラウンズの一員だ。
軍に入れることで命を救う事に許可はした。しかしラウンズに入る事だけは納得いかなかった。
ラウンズと言えば皇族と接する機会も多い。ということはナナリーとルルーシュに遭遇する事もありうると言うわけだ。
あの日、スザクを連れ去ってからナナリーとルルーシュの中のシュナイゼルの株が暴落した。
それもそのはず、彼らは弟のようにスザクを可愛がっていたのだ。それに暴力を揮い、連れ去ったともあれば嫌われるだろう。冷静に戻ってからその事に気がついたシュナイゼルは、自分もまだまだ甘いと後悔した物だった。
それからの彼らの対応は冷ややかだった。
ナナリーはあまり口を利いてくれず、『シュナイゼル兄上』と慕ってくれたルルーシュも他の兄弟と変わらぬ『兄上』という呼び名に変えてしまった。
彼らにそこまでさせるスザクに新たなる嫉妬に火がついた。
今から半年ほど前。枢木スザクがラウンズ入りしたころの事だ。
ルルーシュがエリア11へと派遣される計画が持ち上がった。
『スザクを俺の護衛にしてくれるように父上に頼んでください』
エリア11への派遣を知ったルルーシュから、久しぶりにされた願い事だった。
『…彼はナイト・オブ・ラウンズだ。そう簡単には行かないよ?』
『それでも…スザクがいいんです。『シュナイゼル兄上』』
『!!!』
暗に「彼を護衛にしてくれたらあの件は水に流す」というルルーシュに、スザクを彼の傍にやることは不満だったが、あまりの甘美な響きに無意識に首を縦に振ってしまった。
「枢木スザクをルルーシュの護衛に…だと?」
「はい。彼はイレブン出身ですので、向こうに赴くルルーシュにとってはよろしいかと…。」
「ふん…どうせあれに強請られたのであろう?お前がマリアンヌの事やルルーシュ達の事をどう思っていたか位知っておる。」
「……。」
ぐっと拳を握る事で怒りを押さえ込む。
この父は、自分の彼女への恋心を知っていながら彼女を妻に向かえ子をこさえたと。そういったのだ。
握った拳が震える。
うろたえるな。動揺をさらすな。それはこの局面において何よりも重要な事。
「まあ良い。あやつにも枢木ほど強い護衛が付けば作戦の失敗など犯すまい。」
「はい。戦闘要因としても利用できるかと。」
「ふっ…しかしそのままあやつをルルーシュにくれてやる、という表情ではないな?」
「さすがは陛下――彼に洗脳術を。」
枢木スザク。
お前にはルルーシュとナナリーのことを忘れ、父上に最大の忠誠を誓ってもらう。
そして父からの命によりルルーシュを命がけで守ってもらう。
たとえそれによってルルーシュが傷つくとしても。
(もし傷ついたとしても。命さえあれば何とかなる。心の傷は私が癒そう。ルルーシュ。)
明日はルルーシュが出発する日だ。
特派にくれぐれもと言いつけておかねば…。いや、今はキャメロットという名称だった。
機知であるロイドにルルーシュのことを守るようにと告げるべく、シュナイゼルは部屋を後にした。
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