よく晴れたある日。
ルルーシュは次兄に呼び出され、彼の執務室を訪れていた。
執務室の豪華なソファーに促されるまま座り、胡散臭い笑顔を見せる兄と向かい合う。
「ルルーシュ、今度の日本訪問だが…お前に行ってもらう事となった。」
「かしこまりました。……しかし兄上、この訪日は確か兄上のご予定では?」
「その予定だったんだがね、父上と話し合った結果日本人を騎士につけているルルーシュのほうが日本の人々も受け入れやすいのではないかという事になってね。」
「そうですか。」
なるほど、と素直に頷くが胸中では『面倒だったから押し付けたくせに似非兄が…』と毒付く事を忘れない。
しかし兄弟といえど皇位継承権が上にある人物からの任務は命令に等しく、ルルーシュは文句を言うつもりはなかった。シュナイゼルが「そうだ、宝石展にはあの宝石も貸し出したらどうだろうか」と言い出すまでは。
「失礼いたしました。」
そういって自分の主が第二皇子の執務室から退出した姿を見た瞬間、彼の騎士、スザクは主の機嫌が最悪である事に気づき、ばれない様に深いため息を吐いた。隠れてしたつもりだが聡い彼に鋭い視線を向けられ慌てて気を引き締める。
早歩きでアリエスへ足を向ける彼に、スザクは駆け足で追いかけた。
バタンと荒々しく自室のドアを開けてそのままの勢いでソファーに飛び込む。
無駄に分厚い扉がそのままの勢いで閉まるのはよろしくないので、優しく閉めた後ソファーに懐く主の下へ向かい、顔を覗き込んだ。
瞼を閉じた彼の髪をさらっと撫でると、すねたような瞳が姿を現した。
むっと尖らせた唇に軽く口付けると「何があったの?」と尋ねる。
騎士が主に対してこの様な態度は本当はしてはいけないが、ルルーシュは『二人きりで居るときは友人としてまたは恋人として接さないとお前を騎士にしない』と条件をつけてきたのだ。
規律を守るべしと育てられたスザクには多少戸惑いを感じる条件ではあったが、恋人の可愛いおねだりにほだされ、今ではこうする事が普通になってきている。
(気をつけないと誰かが居る前でやりかねない…。気を引き締めなきゃ。)
「おい…質問しておいて思考に浸るな…。」
「あ、ごめんね。」
柔らかい頬を少し赤く染め上目遣いで軽くにらむ彼も一段と可愛らしい。
よいしょと抱き上げて自分がソファーに座り、彼を自分の膝にまたがらせる。
こうして向かい合って座る姿勢が一番お気に入りなのだ。
ルルーシュはスザクの肩に頭を凭れかけて自分が落ち着く場所を探してもぞもぞ動く。
その様子が猫みたいでスザクは思わず笑いがこぼれた。
「それで?シュナイゼル殿下に何を押し付けられたの?」
「押し付けられた事が前提なのか…」
「違うの?」
「いや、そうなんだが……兄上が今度日本との親善を目的に訪日する予定だったんだが…俺に変わりに行けと命令された。」
「日本に?ルルーシュが??……僕のせいかな?」
「いや、お前のせいじゃない。確かにお前が日本人だという事も関係しているが…ただ単に面倒だったんだろう。」
ルルーシュの兄、シュナイゼル殿下は早くからルルーシュの才能に目をかけ、レベルの高い教育を与えて自分の補佐ができるよう鍛え上げた。
ルルーシュも母や妹を守るためには地位の確立が必要だと感じていたので、兄の行動をありがたく受け入れていた。
ただ、彼が面倒から逃げるために仕事を押し付けられるようになった事は今でも不満ではある様だ。
しかしこの様な事は頻繁に起こることで、彼がここまで憤慨することに違和感を感じた。
(もしかして日本に行きたくないのかな…?)
そう考えたとき、ルルーシュの細長い指がむにっとスザクの頬をつまんだ。
「ひ、ひたひよるるーひゅ」
「馬鹿…お前が考えているような事が理由じゃない。」
どうやら恋人には自分の考えなどお見通しのようだった。
「……あれを貸し出せと、命令されたんだ。」
「あれって?」
「あれだ…。俺と、ナナリーと、お前の宝。」
「!!まさか…それって!」
「ああ。俺たちの宝『マリアンヌ』」
いよいよ日本へ旅立つ日がやってきた。
ナナリーを信頼できる義妹であるユーフェミアに預けた後、ルルーシュはスザクを伴ってアリエスにある秘密の管理室へ向かった。
そこには一人の門番がおり、ルルーシュとスザクの姿を見ると恭しくお辞儀をし、複雑に施錠された扉を何枚も開き、室内へ案内した。
蛍光灯に照らされたその部屋には上質の絨毯にベルベットの布地に優しく包まれガラスケースに守られるようにして無数の宝石が眠っていた。
隣には絵画をきちんと保存できるような空調、気温が設定してある部屋があり、そのまた隣には貴重な書物などが保管されている部屋があった。
この部屋を管理する一族はヴィ家に数百年に渡り使えており、家臣の中でも一番の信頼を得ている。
そしてその大切な部屋にルルーシュと一緒に足を踏み入れる事ができるスザクは、言うまでもなく彼からの無条件の信頼と信用を得ていた。
ルルーシュは迷うことなくひとつのガラスケースに守られた宝石の元へ行き、ケースを開ける。スザクが横からさっと絹の手袋を差し出し、ルルーシュの手に嵌めさせ自分は宝石を入れる箱をかちりと開く。
白い手袋に包まれた彼の指が、優しくゆりの様な形をした宝石を手に取る。
そしてスザクの持つ箱に優しく置くと、ふたを閉めさせた。
「殿下、マリアンヌ様の宝石に御用があったのですか?」
「ああ。今から私たちが訪日する事は知っているだろう?そこで行われる宝石展にこれを展示する事になった。」
「なんと…!」
「まったく…。スザク、これはお前がもっていてくれ。俺が持っているより安心だ。」
「yes your highness。では殿下は私が用意したこのダミーのケースの方をお持ちください。」
「……お前らしくもない用意周到さだな。」
「お褒め頂、恐悦至極です。」
「し、しかし、ルルーシュ様!」
「なんだ?」
「日本には…怪盗KIDと呼ばれる宝石泥棒が居ると聞きました。その宝石も狙われてしまうのでは?」
「…確かにその可能性も捨て切れない。」
「そんな…よろしいのですか?その宝石は……。」
「かまわん。ここでひるんだらあいつらの思う壺だ。それにスザクが守ってくれるしな…。」
そういって去る主人と騎士を再び恭しい礼で見送りながら、男は自分の主の器の大きさに感激し、忠誠心をさらに高めた。
寂しいだろうに気丈に笑うナナリーに行ってくるとスザクと交互に抱擁を交わし、ルルーシュは皇族専用機に乗り込んだ。
胸元にあるダミーの宝石ケースが、ルルーシュには重かった。
宝石『マリアンヌ』はルルーシュにとってあまりにも重い宝石である。
ちらりと隣に座るスザクに目をやると、真剣な表情で気を張っている姿が眼に入る。
その姿に、守られていると実感し重いものが少し軽減されたような感じがした。
日本にたどり着くまで、あと10時間。
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